とある日、僕の愛犬、トイプードルのクッキーがじっとしたまま鳴き叫び、強い痛みを訴えました。
クッキーは、今まで大きな病気もせず、生きてきたので、実際に飼主の立場からペットの大きな病気に立ち会うというのは、初めてかもしれません。
痛みに鳴き叫び、食べることも横たわることすらできず、立ちすくむ愛犬を目の当たりにするというのは、飼い主側にとっても相当な心労でした。
幸い僕は、獣医師という立場から、疼痛緩和をして愛犬の生活を支えてあげることができましたので、今回の治療内容をまとめてみました。
(プロフィール)
トイプードル、15歳、去勢オス、4.8kg
既往歴:気管虚脱、右眼の水晶体亜脱臼、過熟白内障、ぶどう膜炎
(主訴)
突然泣き叫ぶ、顔を上にあげられない、右前肢、右後肢の軽度跛行
(直近の健診)
血液検査:特に異常値なし
腹部エコー検査:軽度の腎結石、胆泥貯留、その他異常認められず
(触診)
四肢の関節痛や腫脹、靭帯断裂などはなし、右側の前・後肢の軽度固有位置感覚麻痺(ナックリング)あり
頭頸部に触れると強い疼痛を示す
クッキーの場合は、15歳と高齢なので、あらゆる病気に罹患する可能性があり、手術しないと治らない病気なのかどうかをまず見極めないといけません。
直近の健診結果を踏まえ、動物の状態をよく観察すると、手術が第一選択となるような関節の脱臼や靭帯断裂、内臓疾患などの可能性は低く、何らかの原因による頸髄の炎症、痛みが第一に疑われました。
今回のような高齢での強い頚部痛というと、一般的には「頚部椎間板ヘルニア(ハンセンⅡ型)」、稀に「神経もしくは脊椎の腫瘍」などが考えられますが、いずれにしても15歳ということから手術を第一選択とする病気ではありません。
これ以上の検査はせず、「疼痛緩和」を先行することに決めました。
なぜ確定診断まで追求しなかったのか、僕の考えをご説明したいと思います。
おそらくここは獣医師でも意見が分かれるところではないかと思います。
まず、「診断」というのは、「治療」のために必要であり、治療方針を左右しない場合、検査や診断はさほど大きな意義はないと考えています。
極論ですが、診断がつかなくても、治ってしまえばいいじゃないかということです。
(※決して「診断」を蔑ろにする意図はありません。)
よく「検査をたくさんしたにも関わらず、診断はついたけれども、全然良くならない」といった話を耳にします。
当然ですが、診断をつけるのにも費用がかかります。
結局、治療ができないのに検査ばかり費用がかかってしまったというような状況は、動物にとっても飼い主様にとっても有益ではありません。
結果論としてそのような状況になってしまうというのは仕方ありませんが、可能な限り、誤診と過剰診療を回避しながら、適正な診療を行うというのが合理的診断手順であると僕は考えます。
もちろん、飼い主様自身が心を落ち着かせるために診断を望まれることもあり、そのような場合はしっかりと対応します。
さて、僕の愛犬の場合、確定診断の前に疼痛緩和を先行することに決めましたが、もし、内科的な疼痛緩和が無効であれば、その時は手術を視野に、血液検査、x線検査、CTもしくはMRI検査をすることも念頭に置いておく必要があります。
次は、疼痛緩和の治療内容です。
(治療)
できる限りの安静
プレドニン(神経の抗炎症作用)
ガバペンチン(神経痛に対する鎮痛作用)
リマプロスト(脊柱管狭窄症など血行障害緩和)
腰背部のコルセット
生活環境の改善(パッド裏の毛のトリミング、食器台による給餌)
僕自身、高齢での椎間板ヘルニアなどを疑う場合には、同様の処方をしますが、実際に愛犬に処方し、観察することで色々なことがわかりました。
ステロイドは、第一選択だけあって、よく効きます。副作用が出ないよう気を遣いながら必要最低限の量に調整します。
ガバペンチンは、神経痛に有効とあって、飲むと疼痛緩和は目に見えて明らかでした。
しかし、これらだけでは一進一退を繰り返すばかりでしたので、胸腰部のコルセットの装着を試みました。
そして、意外にもこれが愛犬には、最もよく効きました。
患者さんにもよく処方する、特許も取得済みの「東洋装具のS2コルセット」。
オーダーメイド設計で脊椎の過度な可動範囲を制限して負担を減らし、長期間安定して装着できます。
通常は、装着から慣れるまで1週間ほど動きにくくなるという印象でしたが、愛犬の場合はむしろよく動くようになりました。
表情もずいぶん楽そうで、コルセットの安定感に安心しているようです。
おそらく頚部痛の他に老齢で見られる変形性脊椎症や胸腰部の椎間板ヘルニアなどの可能性があり、これに効いたのかもしれませんが、装着により目に見えて良くなったのには正直驚きました。
コルセットもよく似合う可愛いおじいちゃん犬。
現在は激しい痛みからも解放され、日常の生活に戻ることができています。
愛犬の他に、同じような症状の犬も少なからずいると思うので、今回の経験をもとに良いアドバイスができればと思います。
同じように悩まれる方、その心労はとても耐え難いと思いますので、どうぞお気軽にご相談頂ければと思います。
埼玉県川口市のハーブ動物病院より